アニメの話がしたいジャないか

アニメの話をガッツリできる友達がいないのでここにこっそりと書き込んでいきます。

ついに見た「君の名は。」の感想と評価の分かれる理由

ついに見た「君の名は。」の感想と評価の分かれる理由

今更見た「君の名は。」の感想と良い悪い含めいろんな評価が出ているのはなぜなのかを考えてみます。

 

昨年8月公開の「君の名は。」が三ヵ月目くらいにはかなりの話題になり、世間一般に有名となってからさらに三ヵ月経った今、 やっと見ましたよ。

 

あまりに大勢の人がいいと言っているので、さすがに気になったので映画館に行ったのですが、見終わった直後の率直な感想を一つ。

 

『なぁ~んだ、結局みんなこういうの好きなんじゃん』 です。

 

よく評論などで使われている言葉を借りると『セカイ系』でしょうか、世界を救うお話です。

セカイ系という言葉は二人の関係が世界を変えるという感じなんですが、定義が曖昧なので深入りは無しで行きます。

 

君の名は。」の2017年1月の映画館状況

映画館の状況ですが、さすがにもう客入りも少なくなっているようで、平日休みを利用して行きました。

 

2時間前に席を予約しましたのですが、なんとすべての席を選べる状態!

 

実際に劇場に入ってみると、上映開始直前に全く客がいないということは無くホッと一息。

 

全体的にパラパラと入っているくらいで客層もバラバラでした。

 

お一人様が十数人。

カップルも2,3組。ちなみに隣のカップルの彼氏は終演後寝ていました。

そして、私の後ろの座席には仲の良さそうな老夫婦が一組。 きっと「最近若い人たちで人気になっている映画でも見に行きましょうかねぇ、おじいさん」なんて会話をしたのだろうかと想像が膨らみました。

帰り急いで劇場を出なければ(膀胱の事情により)その老夫婦にインタビューでもしたかったです。

 

君の名は。」を見る私のスタンス

私は事前に映画の内容を軽く聞いていました。

 

趣味の一つに「見てもいない映画批評を聞く」というものがあるのですが、恐らく批評だけで本編の三倍以上の時間をそれに充ててしまっていました。 知っていた内容は

 

・男女が入れ替わる

・時間が関係している

・物語の粗が結構ある

 

というあたり。 それと題名から察するに二人がやっとのことで出会うことができ「君の名は?」と問いかけて終わるということくらいでしょうか。

 

ブームの理由

ここまでのブームを引き起こしたのは物語自体が面白いことのほかにマーケティング戦略が素晴らしかったからだとも聞いています。

 

単純に映画を配給するだけではなく、数カ月にも分けて宣伝して、小説を出版してイベントを行って、RADを使い、SNSで拡散しやすい土壌を作ったことが要因らしいです。

 

実際に見た映画の感想

まぁ、素晴らしいですよね。

個人的に特に好きな点を4つほど上挙げさせていただきます。

 

<その1>序章

物語の導入部、三葉の田舎生活を紹介する会話劇の部分が好きです。

 

三葉の日常生活である田舎の風習への批判と都会へのあこがれというありきたり中のありきたりな話ですが、冒頭の謎を残しながらもテンポよく展開していて良かったです。

 

面白い映画というのは序章だけがずっと続いても面白いんじゃないかと思わせる作りでした。

 

<その2>音楽

やはりRADWIMPS最高です。

 

映画の為に作られた音楽といものはやはりいいです。しびれます。

 

あの物語中盤の2人の入れ替わる日常パート、カルチャー(ジェンダー)ギャップコメディ満載になって普通の監督ならそこで10分20分使ってしまい映画全体をだらけた感じにしてしまいそうですが、その部分をあえてダイジェスト形式にして疾走感満載でつづるというあの演出。

 

これによって後半の瀧君のモノローグも飽きさせることなく物語に入り込ませてくれます。 いいです。

 

<その3>伏線回収の速さ、分かりやすさ

この映画の魅力というか見終わった後のスッキリ感はここにあるのではないかと個人的には思っています。

 

「みんな~ここ伏線だからね~」と言わんばかりのあからさまなカットから、およそ10~20分ほどで伏線回収という小気味よさ。

 

具体的にいうと、

冒頭の三葉(中は瀧)のここはどこ?私は誰?から時間をすっ飛ばした翌日、「昨日の三葉おかしかった」という謎がありました。他の物語ではここでもう少し話を膨らませようとしがちですが、現代の利器であるスマホを使って比較的にすぐお互いの状況を把握するという伏線回収の速さでした。

 

瀧がいつもつけてる組紐も紐のアップでアレ?と思わせてからの三葉の回想へ入るので回収早いなぁと感じました。

 

細かい事柄でも、複数の箇所であからさまに伏線を用意し、分かりやすく説明されるとお話全体が分かったような気にさせてくれます。

 

ただ、先輩の最後の言葉「瀧君は私のこと好きだったのよね、でも他に~~」の部分はさすがに余計だなと、わざわざ言葉にして分かりやすくしなくてもいいのでは?と思いましたが。

 

<その4>アニメとしての映像の良さ

何よりも「君の名は。」は映像がいい。

 

作画というのでしょうか。

 

アニメの良さって何?と聞かれたときに挙げられる点でよく言われるものの一つに。 「日常生活を切り抜いて滑らかに動かしていること」ということがよく言われています。

 

なんでもない仕草だけれどもアニメとして動いていると見ていてとても気持ちいいものらしいです。 ジブリなどはその最たるものと言っていいでしょう。

 

具体例でいうと、何度も伏線として見せつけられていたので印象深いと思いますが、三葉の髪を結ぶシーンが挙げられます。鏡の前で三葉が赤い組紐を使って髪を結う姿です。

この何でもない動作ではありますが、滑らかに動かされている手を見ていると、それだけでなんだか心地がよいのです。

 

他に挙げると、三葉が道路で転んで転がるシーンや運動をしているシーン。 そして作画だけでなく撮影技術も素晴らしかった口噛み酒の舞のシーン。

 

これらを見ていると手間をかけたのだなと感じます。

 

もちろん綺麗で壮大な自然や都会の街並みの慌ただしさを感じさせる風景が素晴らしいのは言うまでもありません。

 

日本アニメの最高峰だと言えるのではないでしょうか。

 

なぜ「君の名は。」は評価が分かれるのか?

ここからは私の個人的な考察です。(これまでも個人的な感想でしたが……)

 

君の名は。」はこれほど興行成績を上げているにもにもかかわらずなぜここまで賛否が分かれるのでしょうか。

 

私が見終わって初めに感じたこととしては、確かにこの映画はいい物語ですが、何か誤魔化された感が否めなかったです。

 

しかし、改めて映画を思い出してながら考えるうちに私の中で印象が変わってきました。  

 

そもそも論として私は少女漫画(アニメ)と少年漫画(アニメ)は物語の主題としてこんな違いがあると考えています。

 

少女向け・・・関係性の変化

少年向け・・・状況の変化

 

これらの変化によって物語を回していくものが多いように感じます。(もちろん例外はたくさんありますが)

 

さて、それを踏まえて考えると、この「君の名は。」はどう見えてくるでしょう。

 

少年向けとして見てみると物語の進行が

「男女が入れ替わった」⇒「ある意味二重生活」⇒「突然入れ替わりが無くなった」⇒「会いに行く」⇒「時間がずれていることが分かる」⇒「状況の打破を画策」⇒「初めての出会い」⇒「物語の終演」

という大きく分けても入れ替わり、タイムスリップという複数の流れがあり、彗星という大きなミスリードがありなんだかごちゃごちゃしてしまっています。

 

物語を作る上でよく言われていることですが、大きな嘘を一つ作ってそれに合うように周りを現実的に埋めていくと作りやすいと言われますが、「君の名は。」では①入れ替わって②タイムスリップして、③彗星のかけらが同じようなところに複数回落ちるという天文学的に低い確率の奇跡(大きな嘘)がたくさん起きています。

 

それぞれの理由付けは確かにあるのですが、しっくりこないと言うか後付け感が凄いです。

 

一例としては二人の間のタイムラグは何故気づかないのかという問いに対して、目が覚めると記憶があやふやになるからといった理由付けはあります。

 

その他、無理矢理だなと感じた点にもしっかりと伏線などは用意されてはいます。

 

しかし、私個人の感想では「うやむやにごまかされている感がある」くらいで丁度いいと考えています。

 

なぜなら物語の主軸は先ほど書いた『関係性の変化』で見るとスッキリしているからです。  

 

今度は少女向け、関係性の変化を重点として物語の進行を見てみると、

「男女が入れ替わった」⇒「お互いぶつかりながらもだんだん気になる」⇒「先輩の件をきっかけとして会いたいと思う」⇒「一瞬だけどやっと会えた」⇒「時間を超えて都内で運命的な出会い」

あらスッキリ。

 

「起」「承」「転」「結」とまではいきませんが、「起」「承」「転」「結」「結び」くらいにはなりました。

 

このとらえ方の違いが今回の賛否両論の答えではないかと思います。

 

状況の変化を中心に物語を追うとゴチャついていますが、二人の関係性の変化を中心に物語を追うと実にシンプルな恋愛物語になります。

 

そう、この物語はセカイ系に見せかけた、ただの少女漫画だったと考えると納得がいきます。

 

少年漫画として見ている方は物語の設定である「入れ替わり」「タイムスリップ」の必然性や論理的な説明を考えてしまい、細かい部分が気になって急激に冷めてしまうのではないかと思います。

 

「だって物語の重要な要素が破たんしてるじゃないか!」と反論したい気持ちはあるかと思いますが、「君の名は。」で描かれている主軸は「二人がすれ違う」ことと「人は忘れたりして、前の(昨日の)自分じゃないかもしれない」という部分です。タイムスリップの部分は物語を盛り上げるための舞台装置の一つでしかないからどうでもいいのかなと思います。(もちろん理由は細かい部分まで見ると分かるし、小説にはしっかり書かれているのですが)

 

その重要ではないということが顕著に表れている部分として次のシーンが挙げられるのではないでしょうか。

 

三葉の書いた日記が文字化けし始めて徐々にデータが消えていくという場面です。

 

単純なタイムスリップものとして考えてみます。本来なら三葉の日記は、初めから書いていなかった。記憶違いだった。記憶の中にしかなかった。気が付くと消えていた。などでも良かったはずです。

 

それをあえて、瀧君が気が付いて日記を確認した瞬間から徐々に消えていくというシーンにしています。これは、何かよくわからない世界の運命の力が働いた、抗えない不思議な力で三葉がいたという証拠が現実から消えて行った、ということではないかと思います。

 

もちろんこれは、ラストシーンで「君の名前は?」と問いかけなくてはいけないので後々邪魔になる記録の部分を消してしまおうという進行上やむを得ない演出だったとも言えますが、私はこのシーンを見てこう感じました。

 

『SF的設定とか細かいことは気にするな』という暗示ではないのかと。

 

この物語はこういうものだ。黙って続きを見ておけよ。そんな細かいことよりも二人がどうなるのか気になるだろ?

 

という制作者側からのメッセージとして私は受け止めました。これが受け入れられると全く問題なく物語に入り込めるでしょう。

 

そして最後に先輩との淡い恋が確実に終わったというあからさまな伏線回収を指輪のアップから教えてくれ、会えそうで会えないという少女漫画として一番盛り上がる部分をテンポのよい音楽と共にすれ違いラッシュでハラハラさせてくれます。

 

君の名は。」の感想のまとめ

・設定を見ると少年向け、中身は実は少女漫画。

 

・新海監督のインタビューを聞くと主体が三葉、語り部が瀧君と言っている。その割には、進行上どうしても語り部並みに三葉メインの話が多くなってしまっている。

 

・話がゴチャついているが設定が一応筋は通る。

 

このような状況から完全に少年向けでもなく、もちろん少女向けでもない絶妙なバランスを取っているので万人受けしてしまったのではないかと思います。  

 

ただ、惜しむらくはこれを是非10代のうちに見たかったということでしょうか。 私が10代だったなら男子でも女子でも最高!といえたのかもしれません。

 

もう若者ではない私から言えることは、最後の方のシーンの、「あの旅行は何がきっかけで行ったのか覚えていない」という瀧君のモノローグがありますが、これは実際にあるということです。

 

人生の一大イベントだろうとも忘れる物は忘れるし、過去の自分と今の自分は連続していない気分になることが実際にあるよということだけはお伝えしておきます。

 

ちなみに、ずっと誰かを探している気はしません。